悪人/吉田修一

吉田修一/悪人 を読了しました。映画は見ていません…。


悪人(上) (朝日文庫)

悪人(上) (朝日文庫)

九州・福岡に住んでいるOLが殺害された。彼女は誰に出会ったのか。待ち合わせていたという場所に来た人物は誰だったのか。捜査線上には1人の容疑者の男が浮かび上がるが…。


 本作では出会い系サイトという、ちょっと変わった要素がギミックとなっています。被害者のOLは出会い系サイトを使用しており、その日も出会い系サイトで知り合った男と待ち合わせをします。しかしそこに、偶然別の知り合いの男も来ることで、事態が複雑になっていきます。

 被害者が待ち合わせ場所に着くまでの描写は、正直かったるい感じがしましたが、そこから事件が起こり事態が急変してく様子はそれぞれの被害者・加害者・第三者とその知り合いの行動や思いが多角的に描写され、一気に引き込まれて行きます。

 事件が起こったなら無関係ではいられない、被害者と加害者の肉親がうける心の傷も、痛々しいリアリティがあり、丁寧な描写で悲しくも見所であるといえます。

 「悪人」という題名どおり、これがそのまま本作のテーマでもあります。終盤では、本当の「悪人」は誰なのか、罪を犯した人間が悪人なのか、ということを読者は常に問われ続けながら読み進めることになります。ただ個人的には、テーマに対してもう一段階の深堀りがほしいなと思いました。クライマックスでは特に登場人物たちの善悪感を読者に投げかけるような書き方をしていますが、予想の範囲をやや逸脱する程度で終わってしまったなぁという印象です。ただ、ヒロインの最後の心理描写はうまいなぁと思います。また、被害者の両親が受けた痛みとその再生の過程は、決してドラマチックではないもののしみじみとした情緒があり涙しました。

「……でもさ、どっちも被害者にはなれんたい」


(以下、ネタバレを含む感想となります)






この物語の悪は、ふたつに分けられるのではないでしょうか。


・行動としての悪人
・心理としての悪人


 行動としての悪人は、いうまでもなく加害者です。しかし、彼の心理描写はあくまで普通の(ちょっとヘンだけど)、普通以上に善人に近いようになされ、不器用ながらもヒロインを思いやる姿は、殺人者のそれとは到底思えません。ただ、やはり行動としての悪人の象徴として表現されている彼は、それゆえヒロインに対して最後にあえて偽悪的な行動をとります。

 いっぽう、心理としての悪人は、被害者と冤罪者の二人が際立って描写されています。加害者の思いをないがしろにする(した)被害者。被害者の父親の思いをないがしろにする冤罪者。

 ただし、後者の二人の悪人としての描写はやや一方的すぎるきらいがあります(読み進めていったら、こいつらがやっぱり一番悪いんじゃんと思います)。そこまでで終わってしまっていることがちょっと残念だなぁと思いました。そこから一捻り欲しかったなぁというところです。

 ハイライトである、加害者とそのヒロインのことについてですが、これはぼく的にはよくあるパターンかなと思ったので、話の軸とはいえ感想は特になかったりします。愛情って理屈のないものだと思っているので。ただし、愛ゆえに偽悪的な行動をとった加害者の愛情は明らかですが、ヒロインについては最後は彼への愛情はわからないような描写がされています。彼女は彼の愛情を理解できたのでしょうか。きっとできている、そう思いたいです。

 一見カタルシスのない結末になっていますが、それでもどこか救われているように感じるのは、主軸ではないとはいえ、被害者と加害者の肉親がそれぞれ、自分たちの置かれた境遇から一歩踏み出して行く希望が描かれているからです。何気ない他人の言葉や、何気ない妻の行動に感化され、また歩き出して行く姿は、ほんとうに美しい。そう感じました。