ドッペルゲンガーの恋人 感想

唐辺葉介ドッペルゲンガーの恋人を読了しました。




王道SF(ラブ)ストーリー

唐辺さん久々の新作はSFでした。

――僕の恋人は、死んだ恋人の記憶を植え付けたドッペルゲンガー

亡くした恋人のすべての記憶を、僕はクローンに植え付けた。新しく誕生した「恋人」との暮らしが、僕と彼女を追い詰めていくとは思いもよらずに――。
まさに待望、唐辺葉介の復活作は、胸打つSFラブストーリー。
(Amazonの紹介文より抜粋)

クローンにより生み出された彼女が、自分の存在の意味に苦しみ、徐々に主人公の暮らしを蝕んでいくという退廃的なストーリーです。SFとしてはわりと古典なジャンルなのでしょうか。ストーリーも複雑ではなく、いきつく先もなんとなく予想しながら読み進めることができます。


イラストはシライシユウコという方が担当されています。表紙と場面転換毎に数点描かれており、ラノベラノベした絵ではない美しいイラストで、展開を象徴するような絵に仕上がっていてとても良いです。

不思議と惹かれてしまう文章

ぼくは不勉強にしてそれほど古典を読んだことはないのですが、唐辺さんの文章(とストーリー)はかなりドストエフスキーの影響がみられます。今回は特にそれを強く感じました。とくに台詞回しなどはかなり影響が強いですね。 空々しい明るさとでもいうのでしょうか。

「そうだな。まず、ちゃんと体に力をつけなきゃ。食べるものを食べて、しっかり寝ないと、考えも暗くなる。家にあるものじゃ食欲が出ないなら、僕が何か買って来よう。そうだ、ケーキがいい! 丸いケーキをテーブルの上に置けば、なんだかわくわくとした気持ちになるじゃないか。よし、きみが一番好きなやつを買って来よう。それまでここで、おとなしく待っていておくれ」
(2)


内面描写や一人称の語り口は、柔らかさとシニカルさがブレンドされた奇妙な味わいを感じます。特段単語の使い方が上手いだとかそういうものはないのですが、不思議と惹かれてしまう文章です。また現実と空想がいつしか混ぜ変わっていく奇妙な表現はこのひと独特のものがあります。空想や夢の場面での表現は喜劇的であったり寓話的であったりし、ありありとそのシーンが目に浮かぶようです。


こういう文章を紡ぐ作家はあまり知らないので、個人的にはもっとメジャーになって欲しい作家さんの1人です。とにかくこの人の文章が好きなのです。

たぶんラブストーリーというよりはホラー(若干ネタバレ)

この作品に限らずですが、唐辺さんの話にはほとんどドラマチックなオチが用意されておりません。ですから、この作品も最後まで読み進めて深い感動を味わう、といった類の読み物ではないことは確かです。にもかかわらず、こういう作品は非常にぼくの好みではあります。


(ここから若干ネタバレを含むため多少ぼかして書きます) 物語の最後に待ち受けるものは、絶望的な未来です。『彼』の内面が彼自身の信じているものにわずかながら、しかしきっぱりと拒否反応を起こしている、という意味合いにおいてです。最後でもっとも重要な『ある人物』の訪問するシーンがそれを象徴していると感じました。なぜなら、それが現実であれば彼の外側で起きている勝手な他人のひとりごちにすぎないのですが、そうではないからです。彼が信じるバラ色の未来を、彼のドッペルゲンガー(どちらが…?)が嘲る。とても黒く、重い展開です。


この最終盤のシーンは最初はさらっと読み終えてしまいましたが、こう読み返してみるとひやっとする怖ろしいものがありました。そしてそれに続く『彼女』からの連絡も、そういう文脈で捉えてみるとある意味非常にドラマチックな展開にも感じられてしまいます。こういうドラマチックさはちょっと好きです。


ラブストーリーではないですね、これ…。愛はすごくありますけれども、(内面的な意味合いの)ホラー。まぁドッペルゲンガーですし。


年末にも新刊が出るようなので楽しみに待っていることにします。